脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の看護では、麻酔レベルと循環・呼吸の変化を確認しながら、意識のある患者さんの不安や羞恥心にも配慮します。
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は「スパイナル」とも呼ばれ、下半身を中心とした手術で用いられます。麻酔後は足が温かく感じたり、感覚や運動が低下したりします。新人看護師は、手順だけでなく、薬剤の比重、体位、麻酔レベル、低血圧や高位脊椎麻酔への備えまで理解しておきましょう。
- ✓ 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の基本と適応
- ✓ 等比重・高比重マーカインの違い
- ✓ 入室から麻酔開始・手術開始までの流れ
- ✓ 麻酔レベルチェックとデルマトームの考え方
- ✓ 術前・術中・術後の観察項目と合併症への対応
監修者:伊勢崎 和也
聖マリアンナ医科大学病院 手術・IVRセンター 副師長。手術室看護経験18年。主に整形外科の手術を得意分野としている。周術期看護、スタッフ教育に携わる。
心電図、血圧、SpO₂などの基本的なモニターの見方は、 手術室モニターの見方と観察ポイント で詳しく解説しています。
局所浸潤麻酔や局所麻酔中毒、酸素投与については、 局所麻酔の看護|観察項目・副作用・LASTへの対応 をご覧ください。
本記事は新人看護師向けの一般的な学習情報です。脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の適応、薬剤、投与量、穿刺方法、麻酔レベル、体位、術後安静度は患者状態や施設によって異なります。実際の臨床では、麻酔科医の指示、薬剤の添付文書、院内手順を優先してください。
1. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)とは
1-1. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)はスパイナルとも呼ばれる
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)とは、腰部から細い針を進め、くも膜下腔の脳脊髄液内へ局所麻酔薬を投与する麻酔方法です。医療現場では「スパイナル」「腰椎麻酔」と呼ばれることもあります。主に腹部より下の痛みと運動を一時的に遮断し、患者さんの意識を保ったまま手術を行います。
1-2. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)と硬膜外麻酔は別の麻酔
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は、くも膜下腔へ薬剤を1回投与する方法です。硬膜外麻酔は、硬膜外腔へカテーテルを留置し、薬剤を追加・持続投与できる点が異なります。帝王切開では、脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)と硬膜外麻酔を併用する場合もあり、麻酔セットやカテーテルなど準備物品が変わります。
「帝王切開だからスパイナルセットだけ」と思い込まず、脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)単独なのか、硬膜外麻酔との併用なのかを麻酔科医へ確認します。硬膜外麻酔の詳しい看護は別記事で解説します。
1-3. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)と局所麻酔の関係
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)では局所麻酔薬を使用しますが、皮膚や創部周囲へ注射する局所浸潤麻酔とは、投与する場所と影響範囲が異なります。脊椎麻酔では交感神経、知覚神経、運動神経が広い範囲で遮断されるため、低血圧、徐脈、呼吸への影響、下肢の運動低下を観察します。
局所麻酔薬の基本、エピネフリン添加薬、局所麻酔中毒については、 局所麻酔の看護 で詳しく解説しています。
1-4. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)のメリット
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は、少量の局所麻酔薬で下半身を中心に強い鎮痛と筋弛緩を得やすいことが特徴です。患者さんは自発呼吸を保ち、意識のある状態で手術を受けられます。全身麻酔薬や気管挿管を避けられる場合があり、術後の鎮痛効果が残ることもあります。
1-5. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)のデメリット
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は、薬剤を投与した後に麻酔範囲や持続時間を自由に変更しにくい麻酔です。低血圧、徐脈、悪心、尿閉、硬膜穿刺後頭痛、高位脊椎麻酔などが起こる可能性があります。手術時間が予定より延長した場合は、鎮静や全身麻酔への移行が必要になることもあります。
2. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の適応と禁忌
2-1. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)が使われる手術
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は、下肢の整形外科手術、泌尿器科手術、肛門・会陰部手術、帝王切開など、主に下腹部から下肢の手術で使用されます。ただし、必要な麻酔レベル、手術時間、出血量、患者状態によって適否が変わるため、手術部位だけで麻酔方法が決まるわけではありません。
2-2. 帝王切開では硬膜外麻酔を併用することがある
帝王切開では、脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)単独のほか、硬膜外麻酔を組み合わせる方法が選択されることがあります。併用する場合は、硬膜外針、カテーテル、固定材などが追加で必要です。外回り看護師は麻酔方法を確認し、単独用と併用用の物品を取り違えないよう準備します。
2-3. 超緊急帝王切開では全身麻酔になる場合がある
母体または胎児の生命に危険が迫る超緊急帝王切開では、手術開始までの時間を短縮するため、全身麻酔が選択される場合があります。施設によっては「グレードA」などの緊急度分類を使用します。緊急時は脊椎麻酔の準備だけに固執せず、全身麻酔や気管挿管へ直ちに移行できる体制を整えます。
「グレードA」という名称や定義は施設によって異なる可能性があります。自施設の超緊急帝王切開時のコール方法、入室経路、準備物品、役割分担、全身麻酔への切り替え手順を確認しておきましょう。
2-4. 麻酔時の体位を取れるか術前に確認する
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)では、座位または側臥位で背中を丸める体位が必要です。脊椎疾患、腰痛、関節可動域制限、骨折、妊娠、呼吸苦などがあると、十分な体位を取れない場合があります。術前情報から可動性と疼痛を確認し、必要な介助者やクッションを準備します。
2-5. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の主な禁忌・慎重条件
患者本人の拒否、穿刺部位の感染、重度の凝固異常、著しい循環血液量減少などでは、脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)が行えない場合があります。抗凝固薬・抗血小板薬の使用、神経疾患、脊椎疾患、重症心疾患なども確認し、看護師だけで判断せず麻酔科医へ情報を共有します。
3. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の準備と入室後の流れ
3-1. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の必要物品
基本物品には、皮膚消毒薬、消毒用スポンジや綿棒、局所浸潤用の1%リドカイン、注射針・シリンジ、脊椎麻酔薬、脊椎麻酔針、創部処置材、麻酔科医の滅菌手袋などがあります。座位で行う場合は患者用の椅子も必要です。施設のセット内容を確認し、不足物品を補います。
- 皮膚消毒薬・消毒用スポンジ・綿棒
- 局所浸潤用リドカイン・針・シリンジ
- 脊椎麻酔薬・脊椎麻酔針・シリンジ
- 滅菌手袋・滅菌ドレープ・処置材
- 患者の体位保持に使う椅子・枕
- 急変時の酸素・吸引・気道確保物品
3-2. 等比重・高比重マーカインを確認する
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)では、ブピバカイン製剤であるマーカインの等比重製剤または高比重製剤が使用されます。ここでいう比重は脳脊髄液との関係を示します。高比重製剤は脳脊髄液より重く、重力や体位の影響を受けやすいため、投与後の体位が麻酔範囲へ影響します。
添付文書では、等比重製剤は麻酔範囲の広がりが緩徐で、高比重製剤より作用発現が遅く持続時間が長いとされています。高比重製剤は手術台の傾斜により麻酔範囲をある程度調節できます。薬剤と体位の組み合わせを理解することが重要です。
清潔野の麻酔科医へアンプルからシリンジで薬剤を受け渡す際は、「マーカイン高比重です」「等比重でよいですか」と薬剤名と比重を声に出して確認します。外観や名称が似ていても、自己判断で渡してはいけません。
3-3. 穿刺する向きに合わせてワゴンと椅子を配置する
座位で穿刺するのか、左側臥位・右側臥位のどちらで穿刺するのかを麻酔科医へ確認し、ワゴン、椅子、モニターコード、点滴ルートを配置します。薬剤の比重や手術側によって体位が選ばれることもあります。穿刺開始後にワゴンを移動しなくてよい環境を整えましょう。
3-4. 入室から手術開始までの流れ
一例として、入室時タイムアウト後に患者さんを迎え、上衣を脱いでもらい、モニター装着と静脈路確保を行います。脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の物品を準備し、穿刺体位を取った後、皮膚の局所麻酔、脊椎麻酔、穿刺部処置を行い、体位を戻して麻酔レベルを確認します。
- 入室時タイムアウト・本人確認
- 入室・上衣を脱ぐ・モニター装着
- 静脈路確保・麻酔物品準備
- 座位または側臥位で穿刺体位を取る
- 皮膚の局所麻酔・脊椎麻酔
- 穿刺部処置・仰臥位へ戻す
- 麻酔レベル・循環・呼吸を確認
- 羞恥心へ配慮して下衣を外す
- 手術体位を取り、手術開始
3-5. 患者さんの羞恥心へ配慮して下衣を外す
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は意識下で行われるため、麻酔後に下着や下衣を外す際も羞恥心への配慮が必要です。患者さんの顔の前にL字スクリーンを立て、タオルやドレープでカーテンを作り、必要最小限の露出にします。触れる前や衣服を動かす前には必ず説明します。
「麻酔が効いてきたことを確認してから、手術の準備のため下着を外します。こちらから見えないように覆いながら行いますね」と説明します。患者さんが動かせない身体を無言で扱わないことが大切です。
3-6. 外回り看護師が1人の場合は優先順位を決める
入室から脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の開始までは、患者対応、モニター装着、静脈路確保、麻酔物品準備、体位介助が重なります。外回り看護師が1人の場合は、安全確認、患者観察、麻酔に必要な準備を優先します。使用順に物品を並べ、不要な移動を減らしましょう。
3-7. 器械出し看護師も脊椎麻酔まで支援する
器械出し看護師に時間的な余裕があれば、モニターや体位保持の補助、椅子・ワゴンの準備、患者さんへの声かけなどを行い、脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)が終了してから手洗いへ移ると、外回り看護師の負担を軽減できます。施設の役割分担と清潔準備の時間を考えて協力します。
※次のPartでは、「脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の穿刺体位」「薬剤投与時の声かけ」「麻酔レベルチェックとデルマトーム」「手術部位に必要な麻酔高」を解説します。
4. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の穿刺体位と看護
4-1. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は座位または側臥位で行う
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は、座位または側臥位で背中を丸めて行います。どちらの体位を選ぶかは、患者状態、手術部位、使用薬剤、麻酔科医の方針によって異なります。看護師は、穿刺前に体位と向きを確認し、椅子、枕、ワゴン、モニターコードを安全に配置します。
4-2. 座位では腰を後ろへ突き出すように介助する
座位では、足を安定した台へ置き、顎を軽く引き、へそを見るように背中を丸めてもらいます。肩だけを前へ倒すのではなく、腰を後ろへ突き出すイメージで声をかけると、腰椎の間が開きやすくなります。転落を防ぐため、看護師は患者さんの前方から体幹を支えます。
「肩の力を抜いて、へそを見るようにしてください」「腰を後ろへ押し出すように、背中を丸くしましょう」と具体的に伝えます。患者さんが力んでいる場合は、呼吸を止めずゆっくり息を吐いてもらいます。
4-3. 側臥位では肩と骨盤を垂直にそろえる
側臥位では、患者さんの背中を手術台の端へ近づけ、膝を抱えるように曲げてもらいます。肩と骨盤が前後に傾くと脊柱がねじれ、穿刺しにくくなります。看護師は肩と骨盤の位置を確認し、患者さんが後ろへ倒れないよう支えながら、体幹を丸く保ちます。
4-4. 穿刺中は患者さんが急に動かないよう支える
局所麻酔や脊椎麻酔針の穿刺時には、痛みや電撃痛のような感覚が生じ、患者さんが反射的に動くことがあります。「動かず、そのままの姿勢でいてください」「足に響く感じがあれば声で教えてください」と説明し、無理に押さえつけず、動きそうな変化を早めに察知します。
穿刺中に足へ強い電撃痛やしびれが走った場合は、動かず声で伝えてもらい、直ちに麻酔科医へ共有します。看護師が患者さんの訴えを代弁し、安全に穿刺を続けられるよう支援します。
4-5. 体位が取れない場合は無理をさせない
腰痛、脊椎疾患、骨折、関節可動域制限、妊娠、呼吸苦がある患者さんでは、十分に背中を丸められないことがあります。理想的な体位へ無理に近づけるのではなく、疼痛や呼吸状態を確認し、クッションや追加介助者を使用します。困難な場合は早めに麻酔科医へ伝えます。
5. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)薬投与時の観察と声かけ
5-1. 薬剤名・比重・濃度を声に出して確認する
清潔野の麻酔科医へ脊椎麻酔薬を受け渡す際は、薬剤名、濃度、等比重・高比重の別を声に出して確認します。マーカインは同じ0.5%でも比重によって広がり方や体位の影響が異なります。「高比重マーカインです」と復唱し、アンプル表示を確認してから受け渡します。
高比重製剤は脳脊髄液より重く、重力と体位の影響を受けやすい製剤です。等比重製剤は広がりが比較的緩徐です。「どちらが重力の影響を受けるか」「なぜ体位を確認するのか」を説明できるようにしておきましょう。
5-2. 投与後は下半身の温かさや感覚の変化を確認する
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)後は、交感神経や温度感覚が遮断され、会陰部や下肢に温かさを感じることがあります。「足が温かくなってきましたか」「足の感覚は変わってきましたか」と確認すると、麻酔効果の発現を患者さんの訴えから把握できます。
OpenAnesthesia「Spinal Anesthesia in Adults」では、脊椎麻酔後に会陰部から下肢の温感が早期に現れ、その後に温度感覚、痛覚、運動機能などが低下すると解説されています。
https://www.openanesthesia.org/keywords/spinal-anesthesia-in-adults-anatomy-indications-and-physiological-effects/
5-3. 口の苦味・耳鳴り・口周囲のしびれを確認する理由
「口の中が苦くないですか」「耳鳴りや口周囲のしびれはありませんか」という確認は、局所麻酔薬の全身毒性を疑う症状がないかを見るためです。特に皮膚の局所麻酔薬を投与した直後や、患者さんが急な違和感を訴えた場合は、局所麻酔薬中毒も考えて麻酔科医へ報告します。
金属味、口周囲のしびれ、耳鳴り、めまい、不穏などは局所麻酔薬中毒の初期症状として知られています。質問を形式的に行うだけでなく、症状があった場合に何を疑い、誰へ報告するかまで理解しておきましょう。
5-4. 血圧・心拍数・呼吸状態を連続して観察する
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)では、交感神経遮断により血管が拡張し、血圧低下や徐脈が起こることがあります。投与後は血圧、心拍数、意識、悪心、冷汗を確認します。麻酔レベルが高くなると呼吸へ影響するため、呼吸数、胸郭運動、SpO₂、息苦しさも観察します。
心電図、血圧、SpO₂の詳しい評価と異常時の考え方は、 手術室モニターの見方と観察ポイント を参考にしてください。
5-5. 体位を戻した後も麻酔の広がりを観察する
脊椎麻酔薬を投与して仰臥位へ戻した後も、麻酔レベルは変化します。特に高比重製剤は体位や手術台の傾斜の影響を受けるため、体位変換後の血圧、呼吸、感覚の広がりを確認します。手術準備を急ぐあまり、レベルチェックや全身観察を省略しないことが大切です。
6. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)のレベルチェックとデルマトーム
6-1. 麻酔レベルとは
麻酔レベルとは、脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)によって感覚が低下している最も頭側の範囲を、脊髄神経の支配領域で表したものです。カルテでは「Th10」「T10」などと記録されます。手術部位に必要な範囲まで麻酔が効いているか、左右差がないかを確認します。
6-2. デルマトームとは
デルマトームとは、1本の脊髄神経が主に知覚を支配する皮膚領域です。代表的な目安として、乳頭付近はTh4、剣状突起付近はTh6、臍はTh10、鼠径部はL1とされます。新人看護師は、手術部位と必要な麻酔レベルを結びつけて覚えましょう。
| デルマトームの目安 | 体表の位置 | 看護での使い方 |
|---|---|---|
| Th4 | 乳頭付近 | 帝王切開など高い麻酔レベルの確認 |
| Th6 | 剣状突起付近 | 上腹部へ近い操作の目安 |
| Th10 | 臍付近 | 下腹部・下肢手術の評価で用いられる |
| L1 | 鼠径部付近 | 下肢側の知覚範囲を確認する目安 |
OpenAnesthesiaでは、代表的な目安としてTh4を乳頭、Th10を臍、L1を鼠径部として示しています。
https://www.openanesthesia.org/keywords/overview-of-pediatric-neuraxial-blockade/
6-3. 冷覚・痛覚・触覚で麻酔レベルを確認する
麻酔レベルは、アルコール綿などによる冷覚、針刺激による痛覚、軽く触れる触覚などで確認します。麻酔科医が頭側から尾側、または麻酔が効いていない部位から効いている部位へ比較し、左右を確認します。患者さんには「冷たさの違いを教えてください」と説明します。
「これから冷たいものを当てます。左右で感じ方が違うか、冷たさが分かりにくくなる場所があれば教えてください」と説明します。「触れているか」ではなく「冷たさの違い」を聞くと、患者さんが答えやすくなります。
Royal Children’s Hospital「Assessment of sensory block」では、冷覚を利用して遮断範囲を確認し、左右両側を評価する方法が示されています。
https://www.rch.org.au/anaes/pain_management/assessment_of_sensory_block/
6-4. 手術に必要な麻酔レベルを把握する
必要な麻酔レベルは、皮膚切開部だけでなく、臓器操作、牽引、体位などを考えて決まります。下肢手術ではTh10前後が目安となる場合がありますが、帝王切開では仙髄領域からTh4付近までの遮断が求められます。最終的な手術開始判断は麻酔科医が行います。
「Th10まで効いているから大丈夫」と看護師だけで判断してはいけません。術式ごとに必要な範囲は異なります。麻酔科医によるレベル確認、運動機能、バイタルサイン、患者さんの訴えを総合して手術開始が判断されます。
OpenAnesthesia「Anesthetic Management of Cesarean Delivery」では、帝王切開に必要な感覚遮断範囲として仙髄領域からTh4までを示しています。
https://www.openanesthesia.org/keywords/anesthetic-management-of-cesarean-delivery/
6-5. 左右差と時間経過を確認する
麻酔レベルは左右で差が生じることがあります。また、投与直後より数分後に頭側へ広がる場合もあります。左右両側を同じ刺激で比較し、何時にどのレベルまで効いていたかを記録します。高位へ広がっている場合は、血圧、徐脈、呼吸苦の有無を優先して確認します。
6-6. 病棟への申し送りでも麻酔レベルを伝える
病棟へ戻る際は、最終確認時の麻酔レベル、左右差、下肢の感覚・運動、血圧や呼吸状態を申し送ります。「帰室時はTh10まで冷覚低下あり、左右差なし、バイタル異常なし」のように具体的に伝えると、術後の回復評価につながります。
※次のPartでは、「脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)中の血圧低下・徐脈・悪心」「高位脊椎麻酔と呼吸抑制」「急変時の気道確保・挿管準備」を解説します。
7. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)中の観察項目と看護
7-1. 血圧低下は脊椎麻酔後に起こりやすい
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)では、交感神経が遮断されることで血管が拡張し、静脈還流量と心拍出量が低下します。その結果、麻酔薬投与後に血圧が急速に低下することがあります。術前値と比較しながら血圧の推移を確認し、顔色、冷汗、悪心、意識状態も併せて観察します。
Ferré F, et al. Control of Spinal Anesthesia-Induced Hypotension in Adults. Local and Regional Anesthesia. 2020.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7276328/
7-2. 血圧低下時は症状と麻酔レベルを確認する
血圧が低下した場合は、数値だけでなく、悪心、冷汗、めまい、眠気、呼吸苦、徐脈の有無を確認します。麻酔レベルが予定より頭側へ広がっていないかも重要です。麻酔科医へ術前値、現在値、心拍数、症状、麻酔レベルを報告し、指示に従って輸液や循環作動薬を準備します。
「血圧が術前130/70mmHgから85/45mmHgへ低下しています。脈拍は55回/分で、悪心と冷汗があります。冷覚低下はTh6までです」のように、数値・症状・麻酔レベルをまとめて伝えます。
7-3. 帝王切開では仰臥位低血圧にも注意する
妊婦が仰臥位になると、妊娠子宮が下大静脈を圧迫して静脈還流量が低下し、脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)による低血圧が悪化することがあります。帝王切開では、麻酔科医の指示に従って左側へ傾斜をつけるなど、子宮による大血管圧迫を軽減できる体位を整えます。
妊婦が「気持ち悪い」「息苦しい」「ぼーっとする」と訴えた場合は、不安だけと決めつけません。血圧、心拍数、SpO₂、体位、麻酔レベルを確認し、速やかに麻酔科医へ報告します。
7-4. 徐脈は循環悪化の警告所見として捉える
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)後の徐脈は、静脈還流量の低下や、心臓促進神経に及ぶ高い交感神経遮断などで起こります。徐脈が進行すると心拍出量が低下し、重度の低血圧や心停止へつながる可能性があります。心拍数の低下を単独の変化として軽視しないことが重要です。
Ferré F, et al. Control of Spinal Anesthesia-Induced Hypotension in Adults.
徐脈は重要な血行動態悪化の警告所見として扱う必要があると解説されています。
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7276328/
7-5. 徐脈時は血圧・意識・悪心も確認する
徐脈を認めたら、血圧、心電図波形、意識、顔色、冷汗、悪心、胸部症状を確認します。急速に進行する場合や低血圧を伴う場合は、直ちに麻酔科医へ報告し、院内手順に従ってアトロピンなどの薬剤、輸液、救急カートを準備します。看護師が自己判断で薬剤を投与してはいけません。
7-6. 悪心・嘔吐は血圧低下のサインになる
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)中の悪心・嘔吐は、血圧低下や徐脈、内臓牽引、薬剤などで起こります。患者さんが吐き気を訴えたら、血圧と心拍数を優先して確認し、顔を横へ向けられるか評価します。吸引を準備し、誤嚥を防ぎながら麻酔科医へ報告します。
制吐薬を準備する前に、血圧低下や徐脈がないかを確認します。原因となる循環変動へ対応しなければ、悪心だけでなく意識低下などへ進む可能性があります。
7-7. シバリングと寒さを観察する
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)では、血管拡張や体温調節の変化、手術室の低温環境などにより、寒さやシバリングが生じることがあります。体温、震えの程度、患者さんの苦痛を確認し、保温器具を使用します。強い震えはモニター波形にも影響するため、患者観察と保温を優先します。
血圧、心電図、SpO₂の異常波形やアーチファクトの見分け方は、 手術室モニターの見方と観察ポイント で詳しく解説しています。
8. 高位脊椎麻酔と呼吸抑制の観察
8-1. 高位脊椎麻酔とは
高位脊椎麻酔とは、脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の遮断範囲が予定より頭側へ広がった状態です。遮断がTh4より頭側へ及ぶと、心臓促進神経や呼吸補助筋へ影響し、低血圧、徐脈、呼吸困難などが生じる可能性があります。さらに進行すると全脊椎麻酔となります。
NYSORA「High or total spinal anesthesia」では、高位脊椎麻酔をTh4より頭側へ及ぶ遮断とし、循環・呼吸障害を起こし得ると解説しています。
https://www.nysora.com/anesthesia/high-or-total-spinal-anesthesia/
8-2. 高位脊椎麻酔の初期症状
初期には、手や腕のしびれ、息苦しさ、胸が重い感じ、声が出しにくい、吐き気、強い眠気などが現れることがあります。血圧低下と徐脈を伴う場合は特に注意が必要です。「息はできますか」だけでなく、会話の変化、握力、上肢の感覚、麻酔レベルを確認します。
患者さんが「息ができない」と訴えても、横隔膜運動が保たれている場合があります。しかし、不安と決めつけてはいけません。胸郭運動、呼吸数、発声、SpO₂、上肢の運動、麻酔レベルを確認し、直ちに麻酔科医へ伝えます。
8-3. 呼吸状態はSpO₂だけで判断しない
酸素投与中は、換気が低下してもSpO₂がすぐには下がらないことがあります。呼吸数、胸郭運動、呼吸の深さ、発声、意識レベルを継続して観察します。声が小さくなる、言葉を最後まで話せない、上肢が動かしにくいといった変化も、高位遮断を疑う重要な所見です。
8-4. 全脊椎麻酔では意識消失・無呼吸・循環虚脱が起こる
遮断がさらに頭側へ広がると、意識消失、無呼吸、著しい低血圧、重度徐脈、心停止へ進むことがあります。患者さんの返答が急に弱くなった、呼吸が停止した、脈拍が急低下した場合は、全脊椎麻酔を疑い、直ちに応援を要請して気道・呼吸・循環を確保します。
8-5. 高位脊椎麻酔を疑ったときの看護
高位脊椎麻酔を疑ったら、麻酔科医へ直ちに伝え、スタッドコールや院内緊急コールで応援を要請します。高濃度酸素、吸引、バッグバルブマスク、挿管器具、救急薬を準備し、血圧、心拍数、呼吸、意識を連続観察します。患者さんを一人にしてはいけません。
- 麻酔科医へ症状と麻酔レベルを報告する
- スタッドコール・リーダーへ応援を要請する
- 高濃度酸素と吸引を準備する
- 気道確保・換気補助の物品を準備する
- 血圧・心拍数・呼吸・意識を継続観察する
- 挿管と心肺蘇生へ移行できる体制を整える
9. 急変時の気道確保と挿管準備
9-1. 脊椎麻酔でも挿管へ移行する可能性がある
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)で開始した手術でも、高位脊椎麻酔、呼吸停止、循環虚脱、麻酔効果不十分、手術延長などにより全身麻酔へ移行する場合があります。局所麻酔だから挿管は不要と思わず、麻酔器、酸素、吸引、バッグバルブマスクの位置を把握します。
9-2. 基本的な気道確保物品を把握する
急変時に備え、バッグバルブマスク、フェイスマスク、経口・経鼻エアウェイ、喉頭鏡、気管チューブ、スタイレット、シリンジ、固定材、カプノメータなどの位置を確認します。看護師は医師の指示に応じて必要物品をすぐ渡せるよう、サイズと収納場所を日頃から把握します。
全身麻酔の症例で、麻酔科医がどの順番で物品を使用しているかを観察しておくと、急変時に動きやすくなります。喉頭鏡の点灯確認、気管チューブのカフ確認、吸引の接続など、院内手順を学んでおきましょう。
9-3. 挿管困難時に使用する器具も確認する
通常の喉頭鏡で気管挿管が難しい場合は、ビデオ喉頭鏡、声門上器具、気管支ファイバースコープなどを使用することがあります。すべてを一人で操作できる必要はありませんが、困難気道カートの場所、器具の名称、電源の入れ方、必要な付属品を確認しておくことが大切です。
9-4. 応援要請は迷わず早めに行う
呼吸苦、上肢のしびれ、急激な徐脈、著しい血圧低下、意識低下などがみられた場合は、悪化してからではなく、異常を疑った時点で応援を要請します。スタッドコール、リーダー、麻酔科医への連絡方法を把握し、誰を呼ぶか迷わないようにします。
「もう少し様子を見よう」と一人で判断し続けると、気道確保や循環管理が遅れる可能性があります。新人看護師は、異常か判断できない段階でも、普段と違う所見を具体的に伝えて応援を求めましょう。
9-5. 急変時の口頭指示は復唱・メモ・5Rで確認する
高位脊椎麻酔や循環虚脱では、複数の薬剤が短時間に指示されることがあります。薬剤名、量、投与経路を口頭指示受けメモへ記載し、復唱してから準備します。投与前には正しい患者・薬剤・量・経路・時間の5Rを確認し、可能であれば他の看護師と照合します。
9-6. 患者さんへの声かけを途切れさせない
急変対応中も患者さんに意識がある場合は、「息をするお手伝いをします」「今、応援を呼んでいます」と短く説明します。周囲が慌ただしくなると、患者さんの恐怖は強くなります。処置を優先しながらも、可能な範囲で声をかけ、安心できる存在がそばにいることを伝えます。
※次のPartでは、「脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)後の看護」「麻酔が切れる順番」「初回離床・尿閉・硬膜穿刺後頭痛」「病棟への申し送り」を解説します。
10. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)後の看護
10-1. 手術終了後も循環・呼吸状態を観察する
手術が終了しても、脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の作用は続いています。血圧、心拍数、SpO₂、呼吸数、意識、悪心を確認し、低血圧や徐脈が残っていないか評価します。麻酔レベルが高いままの場合は、呼吸苦や上肢のしびれにも注意し、安定を確認してから退室します。
10-2. 最終の麻酔レベルと左右差を確認する
退室前には、冷覚や痛覚による麻酔レベル、左右差、下肢の感覚を確認します。術中の最高レベルだけでなく、退室時点でどこまで回復しているかが重要です。「Th10まで冷覚低下あり」「右側の感覚低下が強い」など、具体的に記録して病棟へ伝えます。
10-3. 下肢の運動機能を確認する
患者さんへ膝を曲げる、足首を動かす、足趾を動かすなどの指示を出し、下肢の運動機能を確認します。左右差や術前との違いも重要です。動かないこと自体は麻酔効果による場合がありますが、回復が遅い、片側だけ強いなどの変化は麻酔科医へ報告します。
「麻酔の影響で、今は足が動かしにくい状態です。時間とともに戻ってくるので、無理に動こうとせず、感覚の変化があれば教えてください」と伝え、不安を軽減します。
10-4. 感覚低下中の熱傷・圧迫損傷を予防する
感覚が低下している下肢は、熱さ、痛み、圧迫を十分に感じられません。湯たんぽや高温の保温具を直接当てず、踵や腓骨頭などの圧迫部位を確認します。患者さん自身が足を動かせない場合は、体位を整え、ベッド柵や器具による圧迫を予防します。
10-5. 疼痛が出始める時期を予測する
麻酔レベルが下がり、痛覚が戻ると創部痛が強くなることがあります。患者さんが強い痛みを訴えてからではなく、麻酔の回復状況と使用薬剤を確認し、鎮痛薬の指示や投与可能時刻を病棟へ共有します。疼痛の部位と強さ、出現時刻も記録します。
11. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)が切れる順番
11-1. 脊椎麻酔では神経の種類によって遮断され方が異なる
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)では、交感神経、温度感覚、痛覚、触覚、位置覚、運動機能が同じ高さ・同じ時間で遮断されるわけではありません。そのため、足が動くようになっても、血圧へ影響する交感神経遮断や知覚低下が残っている可能性があります。
11-2. 回復は一般に運動機能から始まる
局所麻酔薬の作用が弱まると、一般には運動機能が先に戻り、その後に位置覚、触覚・痛覚などが回復し、交感神経機能は遅れて戻るとされています。足が動くことだけで完全回復と判断せず、感覚、血圧、ふらつき、排尿まで確認することが大切です。
OpenAnesthesia「Differential Spinal Blockade」では、回復時は運動機能、位置覚、触覚・痛覚、交感神経機能の順に戻ると解説されています。
https://www.openanesthesia.org/keywords/differential-spinal-blockade/
11-3. 麻酔の持続時間は薬剤・量・体位で異なる
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)が何時間効くかは、局所麻酔薬の種類、投与量、比重、患者の体格、体位などで異なります。ブピバカインは比較的作用時間が長い薬剤ですが、具体的な手術可能時間を一律には示せません。予定手術時間と麻酔方法を麻酔科医が判断します。
予定より手術が延長している場合は、麻酔効果が低下する可能性を考えます。患者さんの痛み、麻酔レベル、手術進行を確認し、早めに麻酔科医と術者へ共有します。
12. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)後の初回離床・尿閉・頭痛
12-1. 初回離床は運動機能だけで判断しない
初回離床では、下肢運動、感覚、血圧、ふらつき、悪心を確認します。足が動いても交感神経遮断が残っていると、立位で血圧が低下する可能性があります。まずベッド上で足を動かし、座位で症状を確認した後、施設基準に沿って看護師付き添いで立位・歩行へ進みます。
- 下肢を自分で動かせる
- 感覚が回復している
- 血圧・脈拍が安定している
- 座位でふらつき・悪心がない
- 施設の離床基準を満たしている
12-2. 排尿時刻と膀胱の張りを確認する
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)後は、膀胱の感覚や排尿に関わる神経が一時的に遮断され、尿閉が起こることがあります。最終排尿時刻、輸液量、尿意、下腹部膨満、排尿量を確認します。尿意がなくても膀胱内に尿が貯留している場合があります。
Brouwer TA, et al. Postoperative urinary retention: risk factors, bladder filling rate and time to catheterization. 2021.
脊椎麻酔、長い手術時間、高齢は術後尿閉の主要なリスク因子と報告されています。
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7784306/
12-3. 尿閉が疑われたら膀胱容量を評価する
排尿がない、下腹部が張る、落ち着かない、少量ずつしか出ない場合は尿閉を疑います。施設に膀胱用超音波装置があれば、院内手順に従って膀胱容量を評価します。導尿の判断基準は施設や患者状態で異なるため、看護師だけで決めず医師へ報告します。
12-4. 硬膜穿刺後頭痛(PDPH)を観察する
硬膜穿刺後頭痛(PDPH)は、脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)後に起こることがある頭痛です。起き上がると悪化し、横になると軽減する姿勢性頭痛が特徴ですが、項部痛、悪心、耳症状などを伴う場合もあります。退院後に発症する可能性も説明します。
ASRA Pain Medicine「Postdural Puncture Headache Guidelines」では、神経軸処置後5日以内に生じ、臥位で軽減する頭痛や神経症状がある場合にPDPHを疑うとしています。
https://asra.com/news-publications/asra-newsletter/newsletter-item/asra-news/2024/11/06/collaborative-excellence-the-multi-society-post-dural-puncture-headache-guidelines
12-5. 強い頭痛や神経症状は早めに報告する
頭痛の強さ、発症時刻、体位との関係、悪心、視覚・聴覚症状を確認します。意識障害、けいれん、発熱、局所神経症状、姿勢と無関係な強い頭痛などは、PDPH以外の疾患も考える必要があります。典型的でない症状や強い症状は速やかに医師へ報告します。
術後の頭痛には、高血圧、脱水、感染、脳血管疾患など別の原因もあります。脊椎麻酔後という理由だけでPDPHと判断せず、バイタルサインと神経症状を含めて評価します。
13. 病棟へ申し送る内容
13-1. 使用薬剤・比重・投与時刻を伝える
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)で使用した薬剤名、等比重・高比重の別、投与量、投与時刻を申し送ります。鎮静薬、昇圧薬、制吐薬などを使用した場合は、その薬剤と最終投与時刻も伝え、術後に残る可能性がある作用を共有します。
13-2. 麻酔レベル・感覚・運動機能を伝える
退室時の麻酔レベル、左右差、下肢の感覚と運動機能を具体的に伝えます。「冷覚低下はTh10まで、左右差なし、足趾運動可能、膝立ては困難」のように共有すると、病棟での回復評価や初回離床の判断に役立ちます。
13-3. 術中の循環変動と使用薬剤を伝える
術中に低血圧、徐脈、悪心、高位遮断などがあった場合は、最低血圧や症状、対応内容、回復状況を伝えます。昇圧薬やアトロピンなどを使用した場合は薬剤名と投与量も共有し、病棟で継続して観察すべき項目を明確にします。
13-4. 排尿・疼痛・悪心・離床上の注意を伝える
最終排尿時刻、尿道カテーテルの有無、輸液量、尿閉リスクを伝えます。疼痛、悪心、ふらつき、頭痛の有無も共有し、初回離床時の付き添いや排尿確認が必要であることを申し送ります。まだ評価できていない項目も明確に伝えましょう。
「高比重マーカインを○時○分に使用しています。退室時はTh10まで冷覚低下が残り、足趾運動は可能ですが膝立ては困難です。術中に低血圧があり昇圧薬を使用しました。初回離床時の付き添いと排尿確認をお願いします」と伝えます。
※次のPartでは、「新人看護師が失敗しやすいポイント」「大学病院手術室副師長が大切にしている看護」「よくある質問」「まとめ・参考文献」を掲載します。
14. 新人看護師が脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の看護で失敗しやすいポイント
14-1. 穿刺体位をうまく整えられない
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)では、背中を丸めて腰椎の間を広げることが重要です。しかし、新人看護師は肩だけを前へ倒してしまったり、骨盤の位置を整えられなかったりします。「へそを見る」「腰を後ろへ突き出す」など、患者さんがイメージしやすい声かけを使いましょう。
14-2. 患者さんへ十分な声かけができない
物品準備や麻酔科医の介助に集中すると、患者さんへの声かけが少なくなりがちです。脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は意識下で行われるため、体位変換、消毒、局所麻酔、穿刺、下衣を外す場面ごとに、次に行うことを短く説明します。
患者さんは、自分の背中が見えず、何をされているのか分かりません。「冷たい消毒をします」「今から背中に麻酔をします」と一言伝えるだけでも、不安は軽減します。
14-3. 等比重・高比重の確認を忘れる
マーカインは同じ0.5%製剤でも、等比重と高比重で体位の影響や広がり方が異なります。アンプルの外観だけで判断せず、麻酔科医へ薬剤名と比重を確認し、復唱してから受け渡します。薬剤、患者体位、手術部位を一つの組み合わせとして理解することが大切です。
14-4. 麻酔レベルだけを見て安心する
麻酔レベルが手術部位まで達していても、血圧低下、徐脈、悪心、呼吸苦が起こる可能性があります。レベルチェックの記録だけでなく、血圧、心拍数、呼吸、意識、患者さんの訴えを総合して観察します。高い麻酔レベルでは循環・呼吸の変化を優先します。
14-5. 悪心を単なる吐き気として処理する
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)中の悪心は、低血圧や徐脈のサインである可能性があります。制吐薬の準備だけで終わらず、血圧、心拍数、冷汗、顔色、麻酔レベルを確認します。循環変動があれば、原因への対応を優先できるよう麻酔科医へ報告します。
14-6. 患者さんの呼吸苦を不安と決めつける
胸部の感覚低下により、患者さんが「息がしにくい」と感じる場合があります。一方、高位脊椎麻酔の初期症状である可能性もあります。呼吸数、胸郭運動、SpO₂、発声、上肢のしびれ、麻酔レベルを確認し、自己判断で安心させる前に麻酔科医へ共有します。
14-7. 麻酔終了後すぐに離床できると思い込む
足が動くようになっても、知覚低下や交感神経遮断が残っている可能性があります。初回離床では、運動機能だけでなく、感覚、血圧、ふらつき、悪心を評価します。患者さん一人で立たせず、施設の離床基準に従って段階的に進めましょう。
14-8. 排尿の確認を忘れる
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)後は尿意が乏しくても、膀胱内に尿が貯留する場合があります。最終排尿時刻、輸液量、下腹部膨満、排尿量を確認します。排尿がない場合や膀胱の張りがある場合は、尿閉を疑って病棟や医師へ共有します。
14-9. 急変時に一人で判断し続ける
血圧低下、徐脈、呼吸苦、上肢のしびれ、意識低下などがみられた場合は、異常か確信できなくても早めに応援を要請します。スタッドコール、リーダー、麻酔科医への連絡方法を事前に把握し、患者観察と応援要請を並行して行いましょう。
「何もなかったら恥ずかしい」と考える必要はありません。異常が起きてから人を集めるより、異常を疑った時点で応援を呼ぶ方が、患者安全につながります。
15. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の看護で大学病院手術室副師長が大切にしていること
15-1. 患者さんは意識があるのに身体を動かせない
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)後の患者さんは、意識がある一方で、下半身を自分の意思どおりに動かせません。足が突然動かなくなる感覚に恐怖を感じる人もいます。「麻酔が効いているためで、時間とともに戻ります」と伝え、訴えを聞きながら安心を支えます。
15-2. すべての動作に声をかける
体位変換、消毒、穿刺、仰臥位への移動、下衣を外す場面では、触れる前に説明します。脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は意識下で行われるため、無言で身体を動かされると不安や羞恥心が強くなります。短い説明を積み重ねることが大切です。
15-3. 羞恥心への配慮を手術準備の一部にする
麻酔後に下衣を外す際は、L字スクリーンやタオルで患者さんの視界を遮り、必要な範囲だけを露出します。羞恥心への配慮は、時間に余裕があるときだけ行うものではありません。物品準備や人員配置と同じように、手術準備へ組み込みましょう。
15-4. 患者さんの訴えとモニターを結びつける
悪心があれば血圧低下、息苦しさがあれば麻酔レベル、眠気があれば循環や呼吸の変化を考えます。訴えを単独の症状として扱わず、血圧、心拍数、SpO₂、呼吸、手術進行と結びつけて評価します。患者さんの言葉は重要なモニターの一つです。
血圧、心電図、SpO₂などのモニタリングは、 手術室モニターの見方と観察ポイント で詳しく解説しています。
15-5. 麻酔科医へ任せきりにしない
麻酔科医が全身状態を管理していても、外回り看護師は患者さんの表情、声、体動、羞恥心、体位のつらさを継続して観察します。麻酔科医が薬剤や手技へ集中している間に、看護師が患者さんの変化を拾い、必要な情報を共有することが重要です。
15-6. 外回り看護師一人でも動ける準備をする
入室直後は、本人確認、モニター装着、静脈路、体位介助、麻酔物品準備が重なります。物品を使用順に並べ、患者側と清潔野側の動線を事前に整えます。外回り看護師が一人でも、安全確認と患者観察を最優先できる環境を作りましょう。
15-7. 器械出し看護師も麻酔開始まで協力する
器械出し看護師に余裕がある場合は、椅子やワゴンの準備、体位保持、モニター装着、患者さんへの声かけを手伝います。脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)が終了してから手洗いへ入れると、外回り看護師が患者観察へ集中しやすくなります。
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の介助では、物品を早く渡すことだけが評価されるわけではありません。患者さんが安全に体位を保てているか、怖がっていないか、状態が変化していないかを見ることが、看護師の大切な役割です。
16. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の看護でよくある質問
16-1. 脊椎麻酔と脊髄くも膜下麻酔は同じですか?
本記事では、脊椎麻酔を脊髄くも膜下麻酔と同じ意味で使用しています。医療現場では「スパイナル」「脊麻」「腰椎麻酔」と呼ばれることもあります。腰部からくも膜下腔へ局所麻酔薬を投与する麻酔方法です。
16-2. 脊椎麻酔と硬膜外麻酔の違いは何ですか?
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は、くも膜下腔へ局所麻酔薬を投与します。硬膜外麻酔は硬膜外腔へカテーテルを留置し、薬剤を追加・持続投与できます。帝王切開などでは両者を併用する場合もあります。
16-3. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の看護で重要な観察項目は?
血圧、心拍数、心電図、SpO₂、呼吸数、意識、悪心、麻酔レベル、下肢の感覚・運動を観察します。高位脊椎麻酔を疑う呼吸苦、上肢のしびれ、発声困難、重度徐脈にも注意します。
16-4. 脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は何時間効きますか?
持続時間は、薬剤、投与量、比重、体位、患者状態によって異なります。ブピバカインは比較的長時間作用しますが、手術可能時間を一律に示すことはできません。手術延長時は疼痛や麻酔レベルを確認し、麻酔科医へ共有します。
16-5. 麻酔レベルはどのように確認しますか?
アルコール綿などによる冷覚、痛覚、触覚を左右で比較して確認します。患者さんには「冷たさが分かりにくくなる場所を教えてください」と説明します。最も頭側の遮断範囲をTh10などのデルマトームで記録します。
16-6. 高比重マーカインと等比重マーカインの違いは?
高比重製剤は脳脊髄液より重く、重力や体位の影響を受けやすい薬剤です。等比重製剤は脳脊髄液に近い比重で、広がりが比較的緩徐です。受け渡し時は比重を必ず確認し、麻酔科医の指示に従います。
16-7. 脊椎麻酔後の低血圧はなぜ起こりますか?
交感神経が遮断されて血管が拡張し、静脈還流量と心拍出量が低下するためです。血圧低下時は悪心、冷汗、徐脈、意識変化、麻酔レベルを確認し、麻酔科医へ速やかに報告します。
16-8. 脊椎麻酔後に息苦しくなるのはなぜですか?
胸部の感覚低下で呼吸が分かりにくくなる場合がありますが、高位脊椎麻酔で呼吸補助筋へ影響している可能性もあります。呼吸数、胸郭運動、発声、SpO₂、上肢の運動・感覚、麻酔レベルを確認します。
16-9. 脊椎麻酔後はいつ歩けますか?
下肢の運動と感覚が回復し、血圧が安定し、座位でふらつきや悪心がないことを確認してから歩行します。施設ごとに離床基準が異なるため、患者さんの自己判断で歩かせず、初回離床には看護師が付き添います。
16-10. 脊椎麻酔後に尿が出ないのはなぜですか?
排尿に関わる神経が一時的に遮断され、膀胱の収縮や尿意が弱くなるためです。最終排尿時刻、輸液量、下腹部膨満を確認し、必要に応じて膀胱容量を評価します。
16-11. 脊椎麻酔後の頭痛はいつ起こりますか?
硬膜穿刺後頭痛は、脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)後数日以内に発症することがあります。起き上がると悪化し、横になると軽減する頭痛が特徴です。典型的でない強い頭痛や神経症状は早めに医師へ報告します。
16-12. 脊椎麻酔中に口の苦味を確認するのはなぜですか?
皮膚の局所麻酔薬投与後などに、金属味、口周囲のしびれ、耳鳴りがあれば、局所麻酔薬中毒を疑うためです。脊椎麻酔薬そのものの効果確認ではなく、局所麻酔薬の全身毒性を早期に捉えるための質問です。
局所麻酔薬中毒の症状や脂肪乳剤による対応は、 局所麻酔の看護 で詳しく解説しています。
17. まとめ|脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の看護では麻酔レベルと全身状態を観察する
脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)は、スパイナルとも呼ばれ、下腹部や下肢、帝王切開などで使用されます。看護師は、等比重・高比重マーカインの違い、患者体位、必要物品、麻酔レベルを理解し、安全に麻酔介助を行います。
麻酔薬投与後は、血圧低下、徐脈、悪心、高位脊椎麻酔、呼吸抑制を観察します。患者さんの訴えとモニターを結びつけ、異常を疑った時点で麻酔科医やリーダーへ報告し、気道確保や挿管へ移行できるよう準備します。
術後は、麻酔レベル、感覚・運動機能、血圧、ふらつき、排尿、頭痛を確認します。患者さんは意識がある一方で身体を動かせないため、すべての動作へ声をかけ、羞恥心や不安に配慮することも大切な看護です。
- 脊椎麻酔は脊髄くも膜下麻酔・スパイナルとも呼ばれる
- 等比重・高比重マーカインは広がり方と体位の影響が異なる
- 穿刺体位では背中を丸め、患者さんの安全を支える
- 麻酔レベルは冷覚・痛覚などで左右を確認する
- 低血圧・徐脈・悪心は早期に報告する
- 呼吸苦・上肢しびれ・発声困難は高位脊椎麻酔を疑う
- 急変時は早めに応援を呼び、挿管準備を行う
- 術後は感覚・運動・排尿・頭痛を確認する
- 患者さんへの声かけと羞恥心への配慮を忘れない
本記事は、脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)の看護に関する一般的な学習情報です。個別患者への麻酔方法、薬剤、投与量、体位、治療を指示するものではありません。実際の臨床では、麻酔科医の指示、医薬品添付文書、所属施設の手順書を優先してください。
参考文献・出典
- マーカイン注脊麻用0.5%高比重・等比重 医薬品情報
https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med_product?id=00045956 - Ferré F, et al. Control of Spinal Anesthesia-Induced Hypotension in Adults.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7276328/ - OpenAnesthesia. Spinal Anesthesia in Adults: Anatomy, Indications, and Physiological Effects.
https://www.openanesthesia.org/keywords/spinal-anesthesia-in-adults-anatomy-indications-and-physiological-effects/ - OpenAnesthesia. Differential Spinal Blockade.
https://www.openanesthesia.org/keywords/differential-spinal-blockade/ - OpenAnesthesia. Anesthetic Management of Cesarean Delivery.
https://www.openanesthesia.org/keywords/anesthetic-management-of-cesarean-delivery/ - NYSORA. High or Total Spinal Anesthesia.
https://www.nysora.com/anesthesia/high-or-total-spinal-anesthesia/ - Brouwer TA, et al. Postoperative urinary retention: risk factors, bladder filling rate and time to catheterization.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7784306/ - ASRA Pain Medicine. Postdural Puncture Headache Guidelines.
https://asra.com/news-publications/asra-newsletter/newsletter-item/asra-news/2024/11/06/collaborative-excellence-the-multi-society-post-dural-puncture-headache-guidelines
監修者:伊勢崎 和也
所属:聖マリアンナ医科大学病院 手術・IVRセンター 副師長
執筆日:【2026年8月5日】
最終更新日:【2026年8月5日】
監修日:【2026年8月5日】